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編集者が本当に「買う」ブックプロポーザルの書き方

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私が最初のノンフィクションの本を売ったのは、四十一ページの一つの文書によってだった。実際の原稿は一章も書いていなかった。今も引き出しのどこかにそのプリントアウトが眠っている。片隅にコーヒーの染みがつき、市場分析のセクションの余白にはエージェントの鉛筆書きがびっしりと並び、「これでは新しすぎて何も証明できない」と彼女が判断した類書の横には疑問符が三つ並んでいた。その文書を書くのに四か月かかった。契約が成立してから本そのものを書き上げるまでには、十四か月かかった。

これは普通のことなのだが、経験したことのない人のほとんどを驚かせる。一般向けノンフィクションの世界で、編集者は原稿を買わない。すでに有名な人物によるメモワールや、雑誌での長い実績を持つ書き手によるナラティブ・ノンフィクションといった、ごく一部の例外を除けば、彼らが買うのは企画書だ。企画書とは、売るための文書である。原稿は、小切手が現金化されたあとについてくる。企画書は、これから書く本の出来の悪い下書きではない。それはまったく別の問いに答えるために作られた、別種の文書だ。それを「第一章の粗いスケッチ」程度に扱う書き手の企画書こそ、一言のコメントもなく定型文で却下される。

企画書が主張すべきは、本の主題だけではない

一般向けノンフィクションの企画書は、たいてい三十から六十ページで、同時に三つの仕事をこなさなければならない。第一に、編集者が最後まで見通せる「形」を本が備えていることを証明する。第二に、その本を買う読者層が実在し、実際にお金を払うことを証明する。第三に、あなた自身が、約束した分量を、約束した期限までに書き上げられることを証明する。この三つのうち一つでも欠ければ、残りの二つがあっても救われない。プレミスは見事なのに、誰がこの本を買うのかを書き手が考えた形跡がまったくない企画書を、私は何度も読んできた。とてつもなく大きなプラットフォームを持ちながら、論旨がなく、完成した目次として編集者がイメージできるものが何もない企画書も読んできた。どちらも見送られる。

Robert Caro(ロバート・カーロ)のメモワールWorkingには、彼自身がこのシステムの中で過ごした数十年が描かれている。企画書、語数に紐づいた前払い金、そしてその語数を何年も超過し続けたこと、企画書がその役目を終えたあと、実際の執筆にどれほどの時間がかかったかによって試され続けた編集者の忍耐 -- そうしたことのすべてが書かれている。

企画書が、彼に時間を買い与えたのだ。

この業界の頂点にいるような書き手であっても、契約を取るための文書と、本を完成させるための文書とは、まったく別の執筆行為であり、同じ種類の確信を必要としないということを、覚えておく価値がある。企画書が主張するのは、本がいずれ存在するということと、それがどんな形を取るかということだ。原稿とは、その形が一文一文を通じて論証されていくものであり、企画書が予測しなかった部分を書きながら発見していくことも許されている。編集者はある程度のずれを織り込み済みだ。彼らが許さないのは、そもそもずれを測る基準にすらならないほど曖昧な企画書のほうである。

編集者が順番通りに期待する、八つのセクション

一般向けノンフィクションの企画書は、出版社やジャンルが違っても -- メモワールも含めて -- 驚くほど安定した構成に従っている。そこから外れれば、編集者が一ページ目で見つけ慣れている情報を、わざわざ探し回らせることになる。

  1. 概要(オーバービュー) -- 売り込み文句、論旨、フック、なぜ今なのか、なぜあなたなのか
  2. 著者について -- 経歴、プラットフォーム、過去の出版実績、個人的な動機
  3. 市場分析 -- ターゲット読者、類書、カテゴリーの動向
  4. マーケティングとプロモーション計画 -- 本を売るために自分が何をするか
  5. 章別アウトライン -- 章ごとの本の形
  6. サンプルチャプター -- 本を書ける証拠
  7. 実務情報 -- 語数、納品予定日、制作上の特別な要件
  8. 目次 -- 一ページに収まる骨格。章別アウトラインと統合されることもある

エージェントによっては、この順番を入れ替えたり、二つのセクションを一つにまとめたりすることもある。しかし八つのうちどれかをまるごと省略するエージェントはいない。千通の企画書を読んできた編集者は、一つでも欠けていればすぐに気づく。

メモワール、歴史、実用書 -- ジャンルによって問われることは違う

八つのセクションはどのカテゴリーでも変わらない。だが、それぞれが持つ重みは変わる。カテゴリーを問わず同じ力配分をしてしまう書き手は、間違ったページに労力をかけすぎる傾向がある。

メモワールの成否は、サンプルチャプターと著者セクションで決まる。著者自身が主題だからだ。声(ヴォイス)は概要の中で主張するものではなく、本文の中で証明するものだ -- 編集者は「説得力があって正直な文体」という自己申告を買うことはできない。それが実際に発揮されているところを見て初めて買うことができる。Cheryl Strayed(シェリル・ストレイド)のWildは、権威性と声の両方によって売れたメモワールの例として、多くの人がまず挙げる本だが、プレミスそのものだけではその成功をほとんど説明できないことに注目する価値がある -- 似たようなプレミスを持つメモワールはいくらでもあるからだ。プラットフォームのセクションは実用書ほどの重みは持たないが、それでも重要であることに変わりはない。マーケティング計画は軽めでも構わない。だがサンプルチャプターだけは軽くできない。

歴史書や伝記がもっとも重きを置くのは、章別アウトラインと「アクセス」だ -- アーカイブへのアクセス、存命の当事者へのアクセス、他の誰も同じようには使っていない一次資料へのアクセスである。歴史書の企画書を読む編集者は、大型特集記事を出す前に記者の編集者が投げかける問いを、静かな形で繰り返している。「他の誰も持っていないものを、あなたは持っているか」という問いだ。このカテゴリーの類書は、最近の売上と同じくらい「息の長さ」を示す必要がある。本格的なナラティブ・ヒストリーは、他のカテゴリーとは違い、刊行から何年も経ってなお売れ続けることが多いからだ。

ハウツー本やビジネス書、単一のフレームワークを軸に組み立てられた実用書は、文章そのものよりもプラットフォームとフレームワークの分かりやすさによって売れる。これは書き手にとって耳の痛い話だが、私がこれまで話を聞いてきた獲得担当編集者たちのあいだでは、ほぼ普遍的に当てはまる。中心となるフレームワークを、つかみやすい形で言語化した短いセクション -- アイデアの一ページ版のエグゼクティブサマリーに近いもの -- を加えておこう。誰も第一章を読む前に、その一ページだけが営業会議に回されることが少なくないからだ。

「概要」は、どのページよりも重い

概要は三から五ページで、企画書の中で唯一、読者全員が最初から最後まで目を通すセクションだ。エージェントは章別アウトラインを流し読みする。編集者はサンプルチャプターを若手の同僚に回してしまうこともある。だが概要だけは、「この文書の残りに午後の時間を割く価値があるか」を判断する人物によって、必ず読まれる。

フックから始めよう -- 一つの場面、一つの統計、一つの問い、あなたに「書きたい」ではなく「書かねばならない」と思わせた何かだ。次に、論旨やストーリーの弧を、編集者が同僚に一文で言い伝えられるくらい具体的な言葉で述べる。そのあとで「なぜ今なのか」に答える -- 文化的な変化、ニュースサイクル、以前からではなく最近になって開いた書棚の空白、といったものだ。続いて「なぜあなたなのか」を簡潔に。より詳しい根拠は著者セクションに書けばよい。Susan Orlean(スーザン・オーリアン)のThe Orchid ThiefとErik Larson(エリック・ラーソン)のThe Devil in the White Cityは、どちらも強い概要が企画書を切り出すのと同じやり方で本を開いている。目に浮かぶくらい具体的な、一つの出来事から始まり、それがはるかに大きな何かへの入り口になっていく、というやり方だ。もしあなたの概要がその「具体的な出来事」を名指しできないなら、おそらく本自体もまだ形を見つけていない。

類書リストは、形式ではなく信頼性のテストだ

市場分析のセクションでは、ターゲット読者を具体的に名指しする -- 「歴史に興味のある人なら誰でも」ではなく、「読みやすいナラティブ・ヒストリーの読者で、ハードカバーを買い、あるトゥルークライムに近い種類の物語を追いかけている層」というように。そのうえで、四から六冊の類書によってその主張を裏づける。

良い類書は新しい -- たいてい過去三から五年以内に刊行されたものだ。爆発的なベストセラーではないが、まずまずの売上を上げている本がいい。デビュー作を二百万部売れた本に比べるのは、世間知らずか、あるいは必死さの表れに読める。逆に売れなかった本に比べるのは、下調べを怠ったように見える。類書は、あなたのなんとなくの雰囲気ではなく、実際のカテゴリーから選ぶこと。うまく選ばれた四冊の類書を読んだ編集者は、九十秒ほどであなたのジャンル、読者層、ポジショニング、そして読書習慣までを理解する。地下鉄の広告で見たことのある大ヒット作を二冊挙げただけの企画書からは、「この人は最近、書店のノンフィクション棚にあまり足を運んでいないらしい」ということしか伝わらない。

William Zinsser(ウィリアム・ジンサー)のOn Writing Wellは、刊行から数十年が経ったいまもジャーナリズムの授業で課題図書になっているが、ここに直接当てはまる主張をしている -- 明快さとは、読者の時間に対する敬意の一形態だ、というものだ。類書リストは、その敬意をごまかすのがもっとも簡単で、同時にごまかしを見抜かれるのももっとも簡単な場所である。

本当に近い類書が存在しない本を持つ書き手は、この問題のさらに厄介な版に直面する。「これに似た本は他に存在しない」と書きたくなる衝動は、ほとんどの場合抑えるべきだ。書棚の上で完全に孤立している本など、実際にはまず存在しない。隣接するカテゴリーまで探索を広げよう -- 主題は違うが構造上の仕掛けが似ている本、時代は違うが取材手法が似ている本、といった具合に。そして一冊の類書で偽りの独自性を主張するのではなく、二冊の類書で二つの異なる比較軸を打ち立てる。編集者が信頼するのは、「一冊の取材の深さと、もう一冊の物語のテンポを組み合わせたような本」という説明であって、「こんな本はこれまで存在しなかった」ではない。後者はどの企画会議でも聞き飽きられ、もはやほとんど信じられていない言葉だからだ。

実用書が売れるかどうかは、プラットフォームが決める

メモワールやナラティブ・ノンフィクションでは、サンプルチャプターと概要がもっとも重い。だがハウツー本やビジネス書、フレームワークを軸にした実用書では、編集者がサンプルページの一枚目を読み終える前に、プラットフォームが取引の行方を決めてしまうことが多い。編集者が欲しがるのは具体的な数字だ -- メールリストの登録者数、ニュースレターの平均開封率、ポッドキャストのダウンロード数、来年に予定されている講演の件数、そして媒体名まで添えられた過去のメディア掲載実績。出典のない丸めた数字は、たとえ事実であっても、でっち上げのように読まれてしまう。

本当に優れたビジネス書の企画書が、獲得会議で息絶えるのを見たことがある。プラットフォームのセクションに「かなりの数のソーシャルメディアのフォロワー」とだけ書かれていて、そのページのどこにも数字が添えられていなかったからだ。エージェントはそのフレームワークを気に入っていた。社内でその企画を推していた編集者は、セールスメモに載せる数字を必要としていたが、渡せる数字が一つもなかった。誰も間に合ううちにその数字を出せず、結局その本はより小さな出版社に、より小さな前払い金で渡ることになった。その中身のフレームワークは、私がその年のいくつかのベストセラーのフレームワークよりも今なお強く記憶しているものだったが、本来届くべき読者のごく一部にしか届かなかった。

章別アウトラインは、本の着地点を知っていることの証明になる

各章の項目には、仮タイトル、おおよその語数、そしてその章が何を成し遂げるのかを説明する一から二段落が必要だ -- 論をどう進めるのか、あるいはどんな出来事や感情の転換を扱うのか、そしてどんな資料や場面に基づいているのか、といった内容である。このセクションは売り込みのための文書であると同時に、計画のための文書でもある。契約が成立したあとは、これをもとに執筆を進めることになる。「この章ではさらにテーマを掘り下げる」といった、曖昧でどの章にも当てはまるような説明でこのセクションを水増しする書き手は、たいてい第六章あたりで筆が止まる書き手でもある。第六章が実際に何をする章なのか、そもそも一度も分かっていなかったからだ。

Mary Karr(メアリー・カー)のThe Art of Memoirは、メモワールという枠を超えて通用する主張をしている -- 本がその長さに見合う価値を持つのは、それぞれのセクションが他のセクションにはできない仕事をしているときだけだ、という主張だ。章別アウトラインは、章ごとに「なぜこの章がそもそも存在するのか」を弁護しなければならないつもりで書こう。もし弁護できない章があるなら、編集者が却下の手紙の中で同じ問いを投げかけてくる前に、自分で削っておくことだ。

サンプルチャプターだけが、意味を持つ唯一の証拠だ

ほとんどの企画書には、完成した一から三章、合計一万から二万語ほどのサンプルチャプターが含まれる。たいていは冒頭の章か序章に、本の後半から代表的な一章を加えた形だ。このセクションは、あなたの他の未発表の草稿ではなく、すでに刊行されている作品と比較される。だからこそ、本当の意味で完成している必要がある -- 仮置きの文章ではなく、契約成立後に直そうと思っている粗い下書きでもいけない。

David Grann(デイヴィッド・グラン)の著作を読むと、企画書の一文字を書くよりずっと前に、取材そのものはすでに固まっていたように感じられる。この順序は、見た目以上に重要だ。まだ確保していないアクセスや証拠を約束するサンプルチャプターは、きれいに手を引くには手遅れになるまで、編集者には検証しようのない約束にすぎない。サンプルチャプターは最後に書こう -- 概要とアウトラインを通して、本が実際には何であるかを自分自身に突きつけたあとで。サンプルチャプターを最初に書いてしまう書き手は、たいてい二度書き直す羽目になる。一度目は、結局自分が書くと決めた本に合わせるためにだ。

どの章を選ぶかは、カテゴリーによって変わる。メモワールなら、感傷にも距離感にも傾きすぎることなく、声(ヴォイス)が難しい題材を運べることを証明する章を選ぼう -- たいていの場合、もっとも劇的な章ではない。単独で読むと作為的に映りかねないからだ。むしろ、もっとも制御が効いていることを示す章がいい。歴史や伝記であれば、自分の調査手法を最もよく示す章、複数の資料のあいだを行き来しながら、単独の資料からは導けなかった結論に至る様子を読者が見て取れる章を選ぶ。実用書であれば、フレームワークを抽象的に説明する章ではなく、実際の事例の上でフレームワークが機能しているところを最もよく示す章を選ぼう。

編集者が真っ先に確認する、体裁と長さの詳細

一般向けノンフィクションの総語数は、たいてい七万から十万語のあいだに収まる。メモワールは歴史書や伝記より短くなることが多く、後者は調査の必要に応じてより長くなることもある。納品予定日は現実的な数字を書こう -- 理想的な一年間ならこうしたいという予定ではなく、実際の自分のスケジュールを反映したものにする。編集者は「十八か月の予定が四年がかりの本になった」というパターンをあらゆるバリエーションで見てきている。自分のペースについて正直に考え抜いた形跡のある企画書は、野心が足りないとは映らず、むしろ信頼できると映る。写真、挿絵、索引が必要なら明記しておこう。制作の複雑さはオファーの内容に影響する。しかも初めて本を出す著者が思っている以上に大きく響くことがある。

ここまでの項目は、企画書が「勝つ」場所ではない。むしろ、静かに減点されていく場所であり、文章の中身を気にかける誰かのもとに原稿が届く前に、編集者のアシスタントが真っ先にチェックするたぐいの細部だ。カテゴリーに見合わない語数や、明らかに三年がかりの取材が必要な本に対して十八か月の納品予定日を書いてしまうような企画書は、プレミスがどれだけ優れていても、出版のプロとしての思考がまだ身についていない書き手だと読まれてしまう。

提出戦略 -- アイデアを完成させる前に売り込む

ほとんどのノンフィクションの書き手は、企画書全体を仕上げる前 -- ときには章別アウトラインが最終形になる前 -- に、概要と著者セクション、そして短いピッチレターだけでエージェントに売り込みをかける。これは、売り込む前に原稿を完成させておかなければならない小説とは正反対のやり方であり、ノンフィクションを書き始めたばかりの書き手は、まだ誰にも求められていない文書を仕上げるのに何か月も無駄にしてしまいがちだ。自分のカテゴリーを専門に扱うエージェントを五から八人選び、一度に売り込もう -- クライアントリストだけでなく、最近の実売実績も確認すること。エージェントが公言する興味関心は移り変わるし、ウェブサイトの更新はそれに遅れがちだからだ。あるエージェントが代理を申し出たら、企画書はエージェントからの指摘を反映してもう一段階手を入れられたうえで、編集者たちのもとへ送られる。良い企画書を「売れる」企画書に変えるのは、たいていこの最後の一段階だ。

少数のノンフィクションの書き手 -- たいていは編集者がすでに名前を知っているほど、既存のプラットフォームが十分に大きい書き手だが -- は、エージェントを介さずに直接編集者へ提出することもある。ただしその場合でも、大半の出版社は最終的な契約の前にエージェントの存在を求める。数件の却下を、本そのものへの評決として読んではいけない。パターンとして読むべきだ。三人のエージェントが独立に、同じ弱いセクション -- たいていは市場分析か章別アウトライン -- を指摘してきたなら、それは運が悪かったのではない。四人目のエージェントに読まれる前に、何を直すべきかを企画書自身が教えてくれているのだ。私は十一回の却下のあとに企画書を改稿し、十二人目のエージェントが目にしたものとほぼ変わらない状態のまま、そのエージェントが最初に提出した編集者に売り込んで成約させたことがある。あの十一回のほとんどにおいて、問題は企画書ではなかった。問題は、エージェントの選び方のほうだったのだ。

企画書を書くときは、私たちのブックプロポーザル・テンプレートと組み合わせて使うといい。白紙のページではなく、実際に機能する構造に沿って各セクションを組み立てられる。そして提出の準備が整ったら、私たちの原稿提出チェックリストが、内容自体は優れているのに体裁やパッケージングの細部のせいでエージェントの山の一番下に埋もれてしまう、そんな事態を防いでくれるはずだ。

その文書が、書くための時間を買ってくれる

Guy Kawasaki(ガイ・カワサキ)がピッチデック向けに語った古い法則 -- スライド十枚、二十分、三十ポイントのフォント -- は起業家に向けて書かれたものであって、書き手向けではない。だがその根底にある発想は、企画書をうまく機能させる発想とまったく同じだ。真実をできるだけ平易に、できるだけ早く語り、そのあとの一ページ一ページで信頼を積み上げていく。企画書は文学的であるべき場所ではない。読みやすくあるべき場所だ。文学的な部分は、あとからやってくる -- 小切手が現金化されたあとの十四か月間、自分以外の誰も一文一文を採点していないときに。

あの最初の企画書は、いまも引き出しの中にある。コーヒーの染みよりも、鉛筆書きのほうが色褪せてしまった。それ以来、私が企画してきたどの本も、まったく同じ地味なところから始まっている -- 四十数ページ、誰かに異論を唱えられた市場分析、そしてほとんど守り、ときどき破ってきた章別アウトライン。

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