チェックリスト

初稿完成チェックリスト:改稿を始める前にやるべきこと

最終更新 読了6分

火曜日の夜十一時四十分、二作目の長編小説の初稿を書き終えた。最後の場面の最後の一文を打ち終えるとすぐ、私は第三章を開き、何週間も気になっていた一文の手直しを始めた。深夜零時までに、四つの段落を書き直していた。二週間後、そのすべてを削除することになった。第三章が本当に必要としていたのはまったく別の問題の解決であり、その問題はまだ見えていなかったからだ -- 原稿全体ではなく、そのとき苛立っていた部分しか見ていなかったのだから。初稿のバックアップは取っていなかった。総語数も記録していなかった。それは改稿ではなかった。熱いものに触れたときのように、ただ反射的に手を引っ込めていただけであり、私はその反射を進歩と呼んでいた。

初稿を書き終えることは、そのまま二稿に取りかかっていい合図ではない。それはひとつのチェックポイントであり、そのチェックポイントには、文章の質とはまったく関係のない、短いけれど固有のやることリストがある。それを飛ばせば、あの火曜日の夜の私のように、暗闇の中で改稿することになる -- 目の前の一文だけを直し、その下にある構造には手をつけないまま。ジョン・マクフィー(John McPhee)は、自身の作法論『Draft No. 4』の書名の由来となったニューヨーカー誌のエッセイの中で、初稿を書き終えたあと、しばらくの間わざとほとんど手をつけないと述べている。初稿を書き終えたばかりの書き手には、まだそれを正しく見ることができないからだ。その「待つこと」は怠惰ではない。このチェックリストの最初の項目であり、書き手がもっとも頻繁に飛ばしてしまう項目でもある。

以下の項目を、順番に確認していこう。書き終えたその夜と、その後数日間で。ここに書かれていることはどれも、その本がいいかどうかを扱ってはいない。すべては、それを本当に判断できる状態を自分に用意することについてだ。

才能も必要としない。

何かを直す前に、まず手を止める

日付を入れた、手つかずの初稿のコピーを保存してある

どんな理由であれファイルを再び開く前に、複製し、書き終えた日付を付けておこう。これは後であらゆるものと比較する基準となる版であり、夜中の一時に「ちょっと一箇所直すだけ」のつもりでうっかり上書きしてしまうことのない、唯一の版だ。

正確な語数と完成日を、どこかに書き留めてある

虚栄心のためではない。半年後、四回目の改稿の真っ只中で、本当に前に進んでいるのか疑わしくなったとき、この数字だけが手にできる唯一の正直な基準になる。

「ちょっと直すだけ」のつもりで第一章を開き直したりしていない

結末を書き終えた瞬間、冒頭はいつも間違って見える。冒頭がまだ知らないことを、もう自分は知っているからだ。それでも我慢しよう。今夜手を入れる修正は憶測にすぎない。このリストの次の三項目を終えたあとに行う変更こそが、決断と呼べるものになる。

実際に何を書いたのかを書き出す

何を書くつもりだったかは、自分でわかっている。実際にページに残ったものが何かは、まだわかっていない。そしてその二つは、しばしばまったく別の二冊の本だ。

意図していた通りではなく、実際にページに存在する通りのあらすじを、一ページにまとめてある

読み返さずに、記憶だけを頼りに章ごとに書いていこう。記憶があいまいになったり矛盾したりする箇所こそ、原稿自体もあいまいだったり矛盾していたりする可能性が高い箇所だ。

思い出せる限りのすべての矛盾、放置されたままの筋、名前が変わった人物を、継続的にリストアップしている

第二章ではDanielだったのに、第十九章からMarcusになっている弟。二度と再登場しない、失われた手紙をめぐるサブプロット。三週間後にはもう思い出せない。原稿がまだ頭の中で生々しいうちに、今すぐ書き留めておこう。

「[あとで直す]」と書いた箇所、あるいは調べものをまるごと飛ばした箇所を、すべて記録してある

原稿の中から、自分自身の仮置きの癖を探してみよう -- 角括弧で囲んだメモ、確認するつもりだったのにしていない創作上の事実、間違っているとわかっていながらとにかく前に進むために書いてしまった場面。最初の読み返しの最中に一つずつ狩り出すのではなく、あらかじめ一箇所にまとめておこう。

原稿を、わざと冷ましておく

読み返すまでの待機期間を決めてあり、それについて自分自身と交渉していない

最低でも二週間。一か月ならなおいい。映像編集者のウォルター・マーチ(Walter Murch)は、自分のカットの判断を信じる前に、素材から本当の意味で距離を置く必要があると書いている。撮影翌日に見える映像と、一か月後に見える映像はまったく違って見えるからだ。原稿も同じだ。まだ文章の内側にいる間は、構造は見えない。

待っている間に、別のことを始めたり再開したりしている -- 読書でも、別のプロジェクトでも、何でもいい

何十年も改稿のワークショップを教えてきたアーシュラ・K・ル=グウィン(Ursula K. Le Guin)は、伝えられるところによれば初稿を書くことよりも書き直すことのほうを好んでおり、この二つを一続きの行為としてではなく、それぞれ別の精神的な余白を必要とする、本当に異なる技術として扱っていた。頭の中に、行き先をもうひとつ用意してあげよう。

まだベータリーダーには送っていない

九日前に書き終えた原稿は、他人の目にさらす準備ができていない。自分の目で見るのにすら、ぎりぎりの状態だ。早く送りすぎれば、どうせ一週間もあれば自分で気づけたはずの問題についてのフィードバックを受け取ることになり、本当に一度きりしか使えない好意を無駄にしてしまう。

自分が実際にどんな初稿を書いたのかを診断する

それが発見型の初稿だったのか、構成型の初稿だったのかを正直に言える

物語を探りながら書いた初稿は、詳細なアウトラインをもとに書いた初稿とは違う読み方をされるべきで、必要な最初の改稿パスも異なる。発見型の初稿を実際より進んでいると思い込むことは、ただ一回分の改稿パスを無駄にするだけだ。

うまくいっていない三つか四つの場面を、すでにおおよそ把握している

たいていの書き手は、読み返さなくても書き終えた瞬間にそれを知っている -- 急いで書いた場面、うまくいっているか自信のない結末、明らかに足踏みしていた中盤。冷めた状態で読み返す前にこのリストを書き出し、そのあと実際に気づいたことと照らし合わせてみよう。

最初の通し読みでは、文章ではなく形を判断する

できるだけ少ない回数のセッションで全体を読み、一行たりとも直したいという衝動に抵抗しよう。確認しているのは、物語が最初から最後まで破綻せずに持ちこたえているかどうかだ。『A Moveable Feast』に記されているアーネスト・ヘミングウェイ(Ernest Hemingway)の古い習慣 -- 次に何が起こるかまだわかっている状態で、必ずその日の仕事を切り上げるという習慣は、まさにこの瞬間のためにあった -- 書き終えることが、個々の文章が作る霧の中で全体の形を見失うことを意味しないように。

次の改稿パスに、締め切りだけでなく計画を持たせる

実際に使う改稿システムを選んである

構成のパス、次に人物のパス、次に文章レベルのパス -- あるいは自分の本に合った、どんな順番でもいい。ファイルを開いて即興でやるのではなく、今、書面で決めておこう。パスごとの改稿チェックリストは、始める前に開いておく価値がある。二回目のパスの途中で、順番を決めていなかったことに気づくよりも。

読み返しながら見つけた整合性の問題や調査不足を、その場で書き留めておく場所がある

修正そのものではなく -- リストだ。小説プロジェクトの立ち上げ方についての別記事で説明しているようにプロジェクトを整理してあれば、それはモニターに貼られた十六枚の付箋ではなく、ひとつの連続した文書になる。

ベータリーダーをすでに選んであり、食い違うフィードバックを受け取る前に、それをどう扱うか決めてある

二人の読者は、同じ章について正反対のことを言ってくるものだ。それが失敗のしるしではなく普通のことだと、今のうちに受け入れておけば、実際にそれが起きた最初の瞬間に足をすくわれずに済む。

あの火曜日の夜に書き直した四つの段落は、二稿まで生き残らなかった。あの慌ただしい最初の一時間から生き残ったものは何もなかった。生き残ったのは、結局三週間手をつけずに寝かせておいた原稿であり、その待機のあとに書いた第三章のバージョンこそ、いまも本の中に残っているものだ -- 文章が上達したからではなく、そのころになってようやく、その章が何のためにあるのかを本当に理解していたからだ。

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